ロシア沿海州事情 ー研究こぼれ話 (4)

 

 

研究こぼれ話 (4)

 

としたフラットを借りる事ができた。今やかれは中国とロシアを往來する画商として個人経営の画廊兼事務所を構えている。彼の事務所を訪ねていって驚いたのは大小様々な絵が所狭しと飾られている事だそれはもちろん売り物の絵で必要に応じてストック、行商、客に売却など適宜しているのだ。ぐるりとその画廊を見渡す限り、大物の作品も多く、この画廊主のたしなみのよさも手にとるようにわかる。

月に2~3回はウスリーイスクとスイフェンハを通って主として中国東北部の金持ち相手に注文に応じてロシア人作家の絵をうりさばきにいくそうだ。この商売はうまく軌道に乗っているらしくこの中国人はかなり自慢げに自分がいかに苦労してここまでのしあがってこれたかをアクセントの強いロシア語で説明し、所々中国語に切り替わり決まって話の最後にはロシア人がいかに怠慢な人種で仕事の効率がわるいかを長々と説明する。彼はウラジオでは明らかに勝ち組である。しかしロシア人社会に溶け込み、自立し一匹狼で仕事をこなすことはまれなことであろう。というのも、移民労動先では中国人は決まって郷のような仲良しクラブのようなものを作り上げ、お互いに強い絆で相互扶助しあうからである。日本で言えば横浜の中華街のように華僑の手による組織をつくりあげてしまうのだ。中国人といえばウラジオだけでも数万人いると思うが、最新の統計を見てもはっきりした数字はつかめない。役所が意図的に出さないのか、あるいは数値をつかむのは困難なのか統計からだけではリアリティはつかめないのだ。

昨年のAPECのウラジオの開催でルースキー島の開発が進められ、ウラジオは見違えるように洗練された町にかわりつつある。昨年までは私の定宿のプリアムーレホテルはアジア人といえば日本人が主であったが、先月行った時はレストランに中国人のバイヤーなどがちらほら見られ、思わず目を疑った。プーチン大統領は先月のコムサモーリスカヤ・プラウダで中国からの投資を声高に呼びかけている。

今年9月1日には東シベリア、サハ共和国のヤク―トの外れの天然ガス田のパイプラインの起工式があり、プーチンはウクライナ情勢のめまぐるしい変化の合間を縫って中国要人との起工祝賀の式に列席した。

ロシアとしては中国への送ガスがいかに重要なものであるかを物語っている。もちろん商売の才能は中国人の方が数倍も上手であることを知っていながら中国にかなり有利な価格の交渉が成立していることが窺える。

このヤク―ト近郊のガス田からのヴラゴヴェシチェンスクへのパイプラインの長さは4000キロでそこからアムール川を経て中国側の黒河に至る模様。欧米からの経済的制裁を受けている傍ら、少しでも稼ぎたいのがロシア側の本音であろう。その意を汲んでくれたのが中国であるから、渡りに船だ。ロシアとしては上得意のお客さんである。このパイプラインの名は“シベリアの力”―”シーラーシベリイ”と名付けられたようだ。このパイプラインはウラジオストックにも振り分けられ、将来、日本への送ガスも想定考慮されているようである。日本としては平和条約さえ締結されれば、エネルギー元の多極化が可能になり

リスク軽減が可能になる。中東からのシ―レインを通じての送油はかなり安全保障上でも問題があり、近場からの輸入は大いに助かることは否めない。

ロシアは資本はドンドン入れ、資本主義化を強力に推し進めるつもりだ。恐らくあと一年で本当にウラジオは様変わりしていくだろう。中心街のスーパーは青山の紀伊国屋より広く、品数が多く、これがかつてうらぶれていた軍港都市のウラジオかと目をう疑う始末である。

在ウクライナ情勢の曲折もあり、プーチンは巧みな外交力で難局をさばき、ミンスクでの共同会談も終わり、一筋の光明を見出した。そうであればあるほど、彼にとっては中国は大切な隣国であり盟友なのだ。例え腹の中は中国と同床異夢であろうとも。

移民や都市建設についてはここでは語りつくせないほど奥が深い。わが国も“おもてなし”とか、“美しい国”とか狭義の言葉に惑わされず、もっと戦略性のある大局観を持って欲しいものというのが極東を訪れて感じたことがらである。

 

 

9月 10, 2014

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Category: その他

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